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福岡地方裁判所小倉支部 昭和43年(わ)823号 判決

主文

被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、北九州大学外国語学部に在学していた者であるが、かねて北九州市小倉区小熊野所在の米軍山田弾薬庫を中心とする弾薬輸送に反対し、実力をもつてでもこれを阻止すべきであるとの考えを抱いていたところ、昭和四三年一〇月二三日、米軍の弾薬が同市門司区の通称笠石岸壁で陸揚げされ、自動車便により多数同弾薬庫に向けて輸送されることを知るや、他の学生二〇名位とともに、道路上で右輸送自動車の進行を止めて弾薬輸送を阻止しようとはかり、これらの者と共謀のうえ、

第一、(一) 同市小倉区熊谷町の西鉄バス熊谷町停留所付近に集合して前記弾薬輸送自動車の通過を待ち受け、同日午前一一時四五分頃、野中産業株式会社の行う右弾薬輸送業務に従事中の藤永文雄運転にかかる大型貨物自動車(北九州一い四四四)が山田弾薬庫向け弾薬(ケース四箱)を積んで同町一丁目諸藤酒店前の市道小熊野線路上にさしかかつた際、被告人は他の学生約十六名とともに右貨物自動車の直前に飛び出し、同車ステップにかけ上つて右藤永に下車を要求し、フエンダーを叩くなどして同車を停車させ、その前に四ないし五列になつてすわり込み、シュプレヒコールや合唱をくり返すなどし、同日午後零時三分頃までの約一八分間にわたり同車の進行を不能ならしめ、もつて威力を用いて前記野中産業株式会社の弾薬輸送業務を妨害した、

(二) 前同日同時刻頃、前記道路において、他の学生約十六名とともに、交通の妨害となるような方法で四ないし五列になつて約一八分間すわつていた

第二、(一) 前記に引続き、同区黄金町一丁目三荻野交差点付近に集合して前記弾薬輸送自動車の通過を待ち受け、同日午後一時四五分頃、野中産業株式会社の行う右弾薬輸送業務に従事中の新本こと朴永万運転にかかる大型貨物自動車(北九州一い一一七四)が山田弾薬庫に向け弾薬(ケース三箱)を積んで同町一丁目常広釣具店前の国道三号線路上にさしかかつた際、被告人は他の学生約二〇名とともに右貨物自動車の直前に飛び出して同車を停車させ、その前に四ないし、五列になつて立ちふさがりスクラムを組んで合唱や怒号をくり返すなどし、同日午後一時五二分頃までの約七分間にわたり同車の進行を不能ならしめ、もつて威力を用いて前記野中産業株式会社の弾薬輸送業務を妨害した、

(二) 前同日同時刻頃前記道路において、他の学生約二〇名とともに、交通の妨害となるような方法で四ないし五列になつて約七分間立ちどまつていた

ものである。

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は、野中産業株式会社のなす弾薬輸送業務は、日本国憲法に定める平和主義に反する日米安保条約に基くものでそれ自体違憲・違法の行為であり、刑法による保護を受けるに値する業務とはいえないから、これを阻止しようとする被告人の行為は威力業務妨害罪にあたらない、と主張する。

しかしながら、刑法二三四条の威力業務妨害罪は、人の社会的活動の自由(ことに経済的活動と直接、間接に関連をもつ人格的活動の自由)をもつて保護法益とする趣旨と解され、しかもこのような自由は日本国憲法下公共の福祉に反しない範囲においてできうる限り広く承認されるべきものであるから、同法条にいう業務とは(これに対する各人の立場による評価の相違はさておき)、少なくとも人の社会的活動として一般に是認される方法・外観をとつて事実上平穏に行われている一切の業務を指すものというべく、したがつてその活動自体が何らかの犯罪に当るなど明らかに現行法秩序に反し社会生活上是認されない場合は格別、そうでない限りすべて同条による保護を受け得る業務に当たるものと解するのが相当である。ところで、本件の弾薬輸送業務が、弁護人主張のとおり、いわゆる日米安保条約ならびに同条約に基づくいわゆる地位協定に由来するものであるとしても、日米安保条約が違憲無効であることが一見極めて明白であるとは認められないことは、最高裁判所大法廷判決(昭和四四年四月二日及び同三四年一二月一六日判決言渡)の判示するところであり、かつ当裁判所もこれを是認するものであるのみならず、前記野中産業株式会社はその事業目的たる運送営業の一環として、在日米陸軍との輸送契約に基き、一般通常の貨物自動車による運送と同一の方法をもつて平穏裡に本件弾薬輸送の業務に当つていたことが認められるから、右輸送業務は外形上明白に違憲、違法のものとは做しがたく、当然現行社会法秩序上是認できる業務として刑法上の保護を受け得るものというに十分である。よつて、この点に関する弁護人の主張は理由がない。

二、次に、弁護人は、本件は僅か十数名の者(女子学生を含む)が単にシュプレヒコール、合唱、坐り込み等の行為に出でただけであつて、右程度の行動は刑法第二三四条の予定する威力にあたらない、と主張する。

しかしながら、同法条にいわゆる威力とは、客観的にみて一般に人の自由意思を制圧するに足りる程度の勢力を指称するものと解されるところ、被告人は、判示第一の(一)及び第二の(一)の各行為により前記自動車運転手藤永及び新本こと朴両名をしてもしそのまま敢えて進行しようとすれば当然被告人らに衝突し、これを転倒させ更には轢過する結果になるという不安・困惑のため、進行をためらわざるを得ない状態に立ち至らせ、その結果、被告人らが警官によつて排除されるまでの一八分間及び七分間にわたり停車を余儀なくさせたものであり、かつ、右行為はかような状況下にあつては客観的にみて一般に自動車の運転進行に関し運転者の自由意思を制圧するに足るものと認めるのが相当であるから、被告人らがそれ以上に右運転手両名に対し投石などの暴行ないし脅迫にわたる言動に出ていなくても、判示行為をもつてすでに同条にいう威力にあたるものと認めるに十分である。したがつて、この点に関する弁護人の主張も採用するに由ないところである。

三、また、弁護人は、弾薬輸送業務の違憲性とこれを阻止しようとする目的の正当性を強調し、被告人の本件行為は思想及び良心の自由に基くものあるいは抵抗権の行使として正当である、と主張する。

しかし、行為の実質的違法性の有無は行為の目的、手段方法、結果等行為全体を通観して判定すべく、単にその動機、目的が正当か否かによつてのみ決せられるべきものでないことは多言を要しないところ、本件において被告人がその目的の正当性を確信して行動したものであるとしてこれを是認することができるものであつても、その手段方法等につき考究するに、本件弾薬輸送業務が刑法上の保護を受けうるものに該当すること及び被告人の行為が威力業務妨害罪の構成要件たる威力にあたることは前段においてすでに説示したとおりであるのみならず、行為の具体的態様及び結果につき判示したところに加えさらに立ち入つて吟味するに、前顕各証拠によれは、前記運転手両名は被告人らの妨害行為により容易に進行をあきらめたわけではなく、クラクションを鳴らしたり「どいてくれ」と大声で告げるなどして進行を続けようとしたし、また交通係その他の警察官が再三にわたつて立退方の警告を行つたにもかかわらず、被告人らはこれらを無視して一歩も退くことなく気勢を挙げて対抗し、終に警察官によつて実力排除されるに至るまで、執拗に妨害し続けたものであること、野中産業株式会社は当日トラック十数台を用い、弾薬の陸揚地と山田弾薬庫との間をいわゆるピストン往復させて輸送にあたつていたが、本件行為により当該二台のトラックの遅延はもとより、全体としての輸送計画の円滑な遂行にも若干の支障を来したこと、本件はいずれも交通量の比較的多い市街地の国道ないし市道上において敢行され、判示のとおり一八分間及び七分間の停車を余儀なくさせ、ことにその間判示第一の現場においては約三〇台の、判示第二の現場においては約一〇台の後続車の渋滞を生じさせたことが認められ、これらを総合し被告人の行為全体を法秩序に照らし検討してみるときは、その行為は社会生活上通常是認される限度をはるかに超えたものと言わざるを得ず、刑法三五条の法意に徴し到底正当行為と目することはできない。

なおまた、弁護人は、かりに被告人の行為により法益の侵害ないし侵害の危険を招いたとしても、その程度は極めて軽微であるから被告人の行為はいわゆる可罰的違法性を欠いている、と主張するけれども、その侵害の実質ないし程度は前叙のとおりであつて、とくに運転手や警察官からの立退勧告等を無視して、警察官による実力排除が行われるまで執拗に二次に亘り前記輸送業務の妨害を続けてその円滑なる輸送計画の遂行を阻害し、剰え通行量の多い国道等の交通を相当期間遮断妨害し相当の渋滞を惹起したのであつてみれば、被告人の行動を目して社会通念上処罰に値しない程の軽微なものと言うことはできず、可罰的違法性を否定する理由はない。

従つて、弁護人のこれら諸点に関する主張も理由がない。

四、次に弁護人は、本件すわり込み等がかりに道路交通法違反の罪にあたるとしても、その動機及び態様、被告人の身分、将来性、この種道路交通法違反に対する一般の処理基準等を考えあわせると、被告人を同法違反として起訴したことは刑事訴訟法二四八条に違反し、公訴提起の手続に違法がある、と主張する。

しかし、道路交通法の目的は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることにある(同法一条参照)ところ、被告人らの判示所為がこれらを相当程度に阻害したことは前掲各証拠によつて明らかであり、その態様、結果において同法七六条四項二号の予定するところよりも著しく軽微であつたと認めることは到底できないから、たとえ行為の動機、目的が主張の通りでありかつ被告人が当時学生で将来性を有する者であつたにせよ、そのことを以て直ちに本件起訴を不適法、違法とするほど著しく犯情を軽減するものとは到底考えられない。よつて弁護人のこの点についての主張も採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の(一)及び第二の(一)の各所為はいずれも刑法二三四条、二三三条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第一の(二)及び第二の(二)の各所為はいずれも道路交通法一二〇条一項九号、七六条四項二号、刑法六〇条に該当するところ、威力業務妨害罪の犯情について考えるに、その動機が被告人の主張するような純粋なものであつたとしても、被告人の主張を表明し理解させる機会、方法は他に十分求め得たと考えられるにもかかわらず、弾薬輸送反対の機運を盛り上げるため現実に輸送にあたる自動車を実力で阻止しようと考えたのは、あまりにも独断的かつ性急な判断と言わざるを得ず、またその手段及び結果の違法性はさきに説示したとおりであつて、被告人の責任を軽視することはできないが、他面、手段としてはいわゆるすわり込みやスクラムに終始し、それ以上の激しい暴力的行動に出なかつたこと及び結果において著しい実害を生ずるに至らなかつたことは犯情として考慮すべきであり、また本件は主張を同じくする学生ら相互の間で次第にその機運が盛り上り自然と実行に移つたものでその組織性計画性はおよそ微弱なものとみられ、特に被告人が中心となつて強力に指導ないし煽動したと認められる事情はないこと、その後山田弾薬庫の施設等が逐次縮減され、その存在意義が大きく減退していること(なお昭和四五年一〇月一五日から機能全面停止)、共同実行者はいずれも不起訴に終つていること、その他被告人は前科前歴等を有しない前途ある青年であること等酌むべき事情もあるので、これら情状を十分勘案のうえ、判示第一の(一)、第二の(一)の各罪については所定刑中いずれも罰金刑を選択し、上記第一の(一)(二)、第二の(一)(二)の各罪は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、なお刑事訴訟法一八一条一項本文により訴訟費用は全部被告人に負担させることとする。(砂山一郎 田川雄三 日野忠和)

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